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静岡地方裁判所 昭和36年(行)1号 判決

原告

若松康与 ほか一名

被告

静岡県教育委員会

主文

原告らの本件訴を却下する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告が原告らに対し昭和二四年一〇月八日になした免職処分は、無効であることを確認する。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因としてつぎのように述べた。

一、原告若林は静岡県駿東郡長泉村立長泉小学校教諭の、原告三石は同県田方郡大仁町立大仁小学校助教諭の職にあり、いずれも静岡県教職員組合の組合員であつた。

二、 被告は、昭和二四年一〇月八日原告若林を依願免職し、原告三石を一方的に免職した。

しかし、右の各処分には、以下に述べるように重大、かつ、明白な瑕庇がありいずれも無効である。

三、原告三石に対する右免職処分は

(一)  つぎのような手続上の瑕庇がある。すなわち(1)文部大臣と全日本教員組合協議会との間に昭和二二年三月八日になされた、また教員組合全国連盟との間に同月一一日なされた協約および静岡県知事と静岡県教職員組合の間で同年八月七日締結された労働協約に基く各協約所定の教職員の任免に関する人事委員会の協議を経ていず、(2)「都道府県職員委員会に関する政令」二条(昭和二四年政令七号)による職員委員会の議を経、または職員委員会がその事務を行つた事実はなく、(3)教育委員会法(昭和二三年法第一七〇号)所定の本件免職処分を付議すべきことの告示も公開の教育委員会における議決もなくなされたものであり、(4)しかも被告は、旧教育公務員特例法第一五条第三項によつて原告らの不利益処分の審査請求につき審判すべき権限を有しながら、免職処分の意思表示に際し、同時に右処分は確定的で苦情の申立は認めない旨通告したものであり、これら手続上の瑕庇はいずれも右免職処分を無効にするものである。

(二)  正当な理由のない処分で無効である。すなわち、右免職処分の原因となつた静岡県教職員定数条例(昭和二四年同県条例第五号)は、(1)特定人を解雇するため制定された不法、かつ、不合理なものであり、(2)国が一方的に教員の定員を定め、それに従つて地方が定数条例を改正し、これを理由として教育上の必要を著しく無視して教職員を免職するもので、地方自治の本旨、ならびに、教育の基本にもとり、法制度のたてまえから許されないところのもので不法、かつ、不合理なものであり、(3)その制定の縁由となつた定員定額制(昭和二四年五月七日政会九〇号義務教育国庫負担法施行令により教職員の定員および給与単価がそれぞれ法定され、この定員に単価を乗じた給与総額の二分の一づつを、国と都道府県とが負担することとなつた制度を指す)は、アメリカの占領軍としての権限を超えた。我国を極東軍事基地化し、かつ、独占資本主義を復活強化しようとする不法な政策企図に出でた所謂ドツジブランなる占領政策に基くもので、かかる企図より発した定員定額制、ひいてはそれに基く右定数条例は不法、かつ、合理性のないものである。

(三)  原告の思想信条を理由とする(当時原告三石は被告から共産主義者あるいはその同調者と目されていたものである。)ものであり、憲法第一四条労働基準法第三条に違反し無効である。

(四)  原告の組合活動を嫌悪し、これを差別待遇する意図で行われたものであり、不当労働行為にあたるから無効である。

(五)  人員整理の理由必要がないのに、恣意的無目的になされた(具体的には、(1)過員が多数あつたのに一定数のみ整理したが合理的理由がない。(2)休職にせず、免職にした合理的根拠がない。(3)自発的退職者を募集する努力を尽していない。(4)合理的基準をたてていない。)ものであり、解雇権の乱用によるもので無効である。

四、原告若林の依願免職は、つぎの理由により無効である。すなわち

(一)  同原告は、昭和二四年一〇月八日に駿東郡教育事務所所長芦沢悦郎より同事務所に呼出され、静岡県定数条例により免職せねばならず、これについては苦情の申立は一切許されぬとし、退職願を提出しなければ懲戒免職にし、身分上の特権はすべて剥奪される旨云渡され威迫されたため退職願を出すにいたつたもので、右依願退職の意思表示は民法第九三条但書により無効である。

(二)  退職願出の誘引となつた右(一)記載の被告側の勧告には、当時既に失効していた官吏分限令(これは、(1)ポツダム宣言の受諾と降伏文書の署名によつて失効し、(2)仮りにそうでないとしても、昭和二〇年一〇年一四日付連合国最高司令官命令「政治、民権、及び信教の自由に対する制限除去に関する件」によつて撤廃され、そうでなくても、昭和二〇年法律第五一号「労働組合法」によつてこれと矛盾する限度で失効し、(3)昭和二二年法律第二二二号「国家公務員法の一部を改正する法律」附則一二条は官吏懲戒委員会を廃止すると定めたが、官吏分限令は官吏の分限に関する事務を右委員会に属せしめているから、右委員会の廃止によつて官吏の分限に関する事務の遂行は不能になり、官吏分限令は失効している。)に基く無効原因が存する他、前記三に記載した原告三石に対する免職処分と同一の無効原因が存しているので、これに基く退職申出は効力がなく、依願退職も無効である。

(三)  依願退職が原告らの申出に対する行政行為としても本件退職願は原告の自発的意思に基いで出されたものでなく、実質は一方的免職処分であり、前記(二)に述べた無効原因(同項で引用する前記三、記載の無効原因を含む。)により効力を生じない。なお、原告若林は当時共産党員であつた。

被告訴訟代理人は、本案前の抗弁として、主文各項同旨の判決を求め、その理由として

一、原告らは、免職処分当時退職処分当時退職金や解雇手当等を受領し、以来九年ないし十年間の長期間にわたり本訴請求権の行使をすることなくそれぞれ新たな職業に専従しながら、今になつてこれを行使するのは信義則に反し、その権利は失効するにいたつているものであり、また原告らに今更無効の主張を許すことはかえつて既に確定している事実状態を不当に破壊し、当事者相互の公正関係を乱す恐れがあるから、行政行為の公定力、ならびに、確定力により最早や許されないものと謂わなければならない。

二、教育職員は、その資格要件として免許状を授与された者でなければならない(昭和二四年法律第一四七号教育職員免許法・以下免許法と略称する・第三条)のであつて、現に在職中の教育職員が免許状を有しないこととなつた場合には当然その身分と職を失うものであるところ、原告らは右免許法第三条所定の免許状を有しないものであり、したがつて本件免職処分の効力いかんに拘わらず本訴において主張する教育職員の身分と職を有しないから、原告らが教員の身分と職を有することを前提として本訴において当該処分の無効の確認を求める訴の利益なく、不適法である。すなわち、原告らの取得免許状(および交付年月日)の種類または最終学歴、もしくは昭和二四年八月三一日現在における学校教育法による免許状の種類は別紙一覧表(以下単に別表という)に示すとおりであるが、免許法および教育職員免許法施行法・以下免許施行法と略称する。(昭和二四年法律第一四八号)が昭和二四年九月一日から施行され、従前の免許法令をすべて失効させ、同法所定の免許状を有する者に限り教育職員となることができる(同法第二条、第三条)こととし、同法施行前の学校教育法等による仮免許状を有するものとみなされる者については経過的措置として免許施行法第一条および第二条に継承された。そして、新免許制度への切換えに伴う暫定措置として学校教育法所定の仮免許状を有するものとみなされる者について免許施行法第八条第一項により期限を限つて免許法第三条の特例を認めた。原告若林、同三石は別表中免許施行法に基く資格らん記載の免許状について同法第二条第一項により免許法第六条第一項の教育職員検定によつて免許状の授与を受けることができるが、右原告らはいずれも右の検定および免許状の授与を受けていないから、免許施行法第八条により昭和二七年三月三一日の経過により、その身分と職を失つたものである。

三、また、原告者若林は昭和三六年九月一〇日に静岡県駿東郡長泉町選挙管理委員会に対し、同町議会議員として立候補の届出をなし、同月一七日に行われた選挙において当選し、原告三石は昭和三八年四月二〇日埼玉県川口市選挙管理委員会に対し、同市議会議員として立候補の届出をなし、同月三〇日に行われた選挙において落選したものであるが、公職選挙法(昭和二五年法律第一〇〇号)第八九条により公職の候補者となることができない公務員が立候補の届出をしたときは、当該公務員の退職に関する法令の規定に拘わらずその届出の日に当該公務員たることを辞したものとみなされるから、右原告二名は、被告のなした免職処分の効力いかんに拘わらず、右各立候補届出の日に教育公務員たる身分を失つているものである。したがつて、現在における教育公務員たる地位の確認を求める本訴は、訴の利益を欠くものであるから不適法たるを免れない。

と、述べ、本案につき「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、請求の原因に対する答弁としてつぎのように述べた。

一、原告らが原告主張の教職にあり、組合員であつたこと、被告が原告ら主張の日に原告若林を依願免職処分にし、原告三石を一方的に免職したことは認めるが、原告若林が当時共産党員であつたことは不知、原告三石が被告から共産主義者あるいはその同調者と目されていたことは否認する。

二、被告は、静岡県定数条例(昭和二四年同県条例第四五号、同年一〇月一日施行)により、「定員の改正により過員を生じ」たので、教育公務員特例法施行令(昭和二四年政令第六号)第九条、地方自治法附則第五条第一項に基き、原告三石を国民学校令施行規則第一〇九条、第一一〇条、同令施行細則第七一条の規定による取扱により免職処分にしたもので、任命権者たる被告において適切相当な裁量によつてなした適法な処分であり、適法、かつ、正当な手続によりなしたものである。

なお静岡県知事と静岡県教職員組合の間で、昭和二二年八月七日付労働協約が締結され、教職員の任免について所定の人事委員会の審議を経なければならないとの規定の存した点は認めるが、昭和二三年七月三一日政令第二〇一号の施行により本件免職当時には右労働協約は失効していたから、右協約は右免職処分とは無関係である。

職員委員会の議を経ていないとの前記三の(一)の(2)の主張事実は認めるが、教育公務員の任免、分限等に関して、この点の特別法たる教育公務員特例法(昭和二四年一月一二日法律第一号)により、教育公務員の免職は、都道府県職員委員会の権限に属さず教育委員会が行う旨定められていたのであるから、右免職処分は職員委員会の議を経る必要はない。

教育委員会の議決を経ていないとの前記三の(一)の(3)の主張事実も認めるが、前記教育委員会法の規定に則り制定された昭和二三年一一月二四日施行の静岡県教育委員会教育長専決規程(昭和二三年静岡県教育委員会訓令第四号)により、原告らの免職処分は静岡県教育委員会教育長限りで処理すべき事項に該るものであつたから、右免職処分は、教育委員会の議決を経る必要はない。

又免職処分を受けた原告らは、長期観察の結果を総合し、全体の奉仕者としての使命と職責遂行上の不適格であり、整理対象に相当すると認めて免職したものであり、原告らの思想、信条や組合活動を理由になしたものではない。

原告ら訴訟代理人は、被告の本案前の抗弁に対する答弁としてつぎのように述べた。

一、被告主張事実のうち、原告らが免職処分当時、退職金、解雇手当等を受領したこと、免許法第三条に被告主張の規定のあること、原告らの最終学歴もしくは右免職処分当時における学校教育による免許状の種類が被告主張の別表記載のとおりであること。原告らがいずれも被告主張の如き検定および免許状の授与を受けていないことおよび原告らが被告主張の如き各選挙に立候補の届出をしたことは認める。

二、原告らが免許法第三条所定の免許状を有していないとの点および原告らが教育職員の身分と職を有しないとの点は否認する。すなわち、教育職員検定は、受験者の人物、学力、実務および身体についてなされる(免許法第六条第一項)が免許施行法第二条の趣旨は、一定の学歴と教職歴を有する者に免許状を授与しようというものであるから、同法第二条第一項の表上らん中一定の学歴のみを記載するものについては、その学歴があれば足り、他に実務の検定を要しないと解すべきである。また免許法施行の日に現に教員であるものについては人物、身体の検定は要しないものと解すべきであり、学力の検定については、免許法第六条により免許施行法第二条第一項の表上らんの学校の成績証明書により行うが、右免許法施行の日に現に公立学校教員である者については成績証明書は任命権者であり授与権者である教育委員会においてすでにこれを所持しているから、改ためて学力の検定を要しないというべきである。とすれば、原告若林は右の要件を充たしているから、同人を免許法施行の日以後引き続きその所属校教諭として勤務させたことにより、当該免許状の付与行為があつたと解すべきであり、また原告三石については、同人の該当する免許施行法第二条第一項の表第三四号上らんは、単に助教諭仮免状を有するものとみなされる者であることのみを要件としているから、何ら検定を要しないと解しないと解すべく、免許法施行の日以後引き続き同原告をその所属校に勤務せしめた行為に臨時免許状の交付があつたと解すべきである。仮りに、原告らが免許法所定の免許状を有しないとしても、それは地方公務員法第二八条第三号にいう「その職に必要な適格性を欠く」ものとして免許処分を受けることはあれ、何らの意思表示なくして当然その身分と職を失うことは有り得ない。したがつて、原告らと被告との間にはなお従前の法律関係が存続しているものである。

被告訴訟代理人は、「原告らの右主張は争う。原告らの免許法施行後の勤務は、免許施行法第八条第一項によつたものである。」と答えた。

証拠として、〃原告は、甲第一ないし第三号証、第四、五号証の各一、二、第六号証を提出し、証人山川伊平、同佐藤金一郎、同森源、同酒井郁造、同粂田英一の各証言を援用し、乙第一七号証の一、二第二四号証の一、二の各成立は不知、乙第二五号証の成立は否認する。その余の乙号各証の成立は認めると述べ、被告は、乙第一ないし第六号証、第七号証の一、二、第八号証、第九ないし第一七号証の各一、二、第一八、一九号証、第二〇号証の一ないし四、第二一、二二号証、第二三、二四号証の各一、二、第二五号証を提出し、証人山川伊平、同土屋一夫、同佐藤金一郎、同大石明、同藁科喜久、同橋本真の各証言を援用し、甲第三号証の成立は不知、甲第一、二号証、第四、五号証の各一、二の各成立を認めると述べた。

理由

一、原告らが、当時原告ら主張の如き各職にあつたことおよび昭和二四年一〇月八日被告が原告若林を依願免職し、原告三石を一方的免職処分にしたことは、当事者間に争いがない。

二、被告は、原告らは、いずれも被告主張の如き各選挙に立候補したものであるから、その届出の日に教育公務員たる身分を失つているものと謂うべく、したがつて本訴は訴の利益を欠く旨主張するので、まずこの点について判断するのに、原告若林が昭和三六年九月一〇日に静岡県駿東郡長泉町選挙管理委員会に対し同町議会議員として立候補の届出をなし原告三石が昭和三八年四月二〇日埼玉県川口市選挙管理委員会に対し同市議会議員として立候補の届出をなしたことは、当事者間に争いないところであるから仮りに原告らの前記免職処分が無効であつて以後原告らがそれぞれその主張の如き従前の教職員たるの地位を保有していたものとしても、公職選挙法第八九条第一項により同項但書各号所定の公務員に該当せずして公職の候補者となることができない原告らが公職の候補者として立候補の届出をしたことに帰着し、したがつて同法第九〇条により原告らは当該教職員の退職に関する法令の規定のいかんに拘わらず、その各届出の日にそれぞれ右教育公務員たることを辞したものとみなされ、以後原告らの前記教職員たるの地位を有しないものであることが明らかである。

しからば、原告らに対しては、仮りに原告ら主張の如く右免職処分が無効であるとしても、もはや右処分前の身分を回復するに由ないのであるから、右免職処分の無効であることの確認を求める利益がないものと謂うほかはない。

もつとも、原告らが右免職処分の無効が確認されれば、右各立候補届出の日までの間の給与、手当その他の請求権および身分上の権利が回復されるから確認の利益があるようにも考えられないではないが、本件の如く免職処分が無効であるのならば、これを前提として給与請求権その他の権利の行使をすることは何ら妨げないのであるから、単に右免職処分の無効確認を求める本訴は訴の利益がないものと謂うべきである。

三、よつて、原告らの本訴は、他の争点について判断するまでもなく、この点において不適法として却下すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を適用して主文のとおり判決する。

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